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映画『グンジャン・サクセナ』インド空軍女性パイロットの物語が感動を呼ぶわけ

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Netflix

映画『グンジャン・サクセナ―夢にはばたいて―』がインドでトレンド入りしている。インド空軍における女性パイロットのパイオニア、グンジャン・サクセナの実話をもとにした映画だ。8月12日にNetflixで公開されて以来、多くのインド人の感動を呼ぶとともに、数々の議論も巻き起こしている。

 

性差別を乗り越え夢を実現した女性の物語

映画『グンジャン・サクセナ』のあらすじを紹介しておこう。グンジャンは、子供の頃からパイロットになることが夢だった。女の子にとっては非現実的な夢と、周囲の人々からは相手にされないが、父親だけは常に娘の理解者だった。グンジャンは、父親の応援を力に、パイロットの夢を実現できる望みをかけて空軍に入隊する。

 

入隊後、グンジャンは初の、そして唯一の女性として部隊に配属される。しかし、グンジャンを待っていたのは、指導教官や同僚の女性蔑視と執拗な嫌がらせだった。ただ1人の上官が、グンジャンのヘリ操縦の腕を認めて訓練をつけ、グンジャンは1人前のパイロットに育つ。

 

グンジャンは、1999年にパキスタンとの間に起きたカールギル紛争にヘリ操縦士として送り込まれる。ともに戦地に赴いた指導教官は、なおもグンジャンの活躍を阻害しようとする。しかし、戦闘が勃発し、事態は急変。グンジャンは負傷兵救出作戦を命じられる。グンジャンは自身のヘリも銃弾を受けながら、指導教官を含む負傷兵の救出を成功させる。基地に戻ると、グンジャンは部隊一同から称賛の拍手で迎えられる。

 

空軍関係者から痛烈な批判

映画は公開されるや否や、各方面から事実に反すると批判を受けた。グンジャン・サクセナは、空軍初の女性パイロットではないこと。カルギル紛争で出動した女性パイロットがグンジャンの他にもいたこと。最も痛烈な批判を浴びせたのが、女性に対する差別と偏見に満ちた場所として描かれた空軍関係者だ。グンジャンがカールギル紛争で活躍する5年前、インド空軍初の女性パイロット5人を指導した教官は、「当時インド空軍では、女性をパイロット訓練生として対等に扱っていた」と語っている。

 

映画の中の悪意に満ちた指導者が、現実の世界で批判の声を上げる構図は、2017年に大ヒットした映画『ダンガル きっと、つよくなる』と全く同じだ。『ダンガル』は、2010年にコモンウェルス大会で優勝した女子レスリング選手ギータ・フォーガットの実話を元にしている。ギータは、父親のスパルタ指導で全国大会を勝ち取り、ナショナルチームに所属する。ところが、ナショナルチームのコーチはギータの強みを活かした指導をしないため、父親は陰で娘をサポートする。その父と娘の絆をあの手この手で阻害する存在として、コーチは描かれている。映画公開後、コーチは、「『ダンガル』は真実ではない」と強く批判している。

 

ヒロインが権威に屈せず成功しなければならないわけ

上意下達が絶対の軍隊で、組織的サポートなしに女性パイロットが活躍の場を得ることはありえないだろう。レスリングにしても、コーチと選手が一丸となって努力を重ねなければ、国際大会での優勝は難しいに違いない。ではなぜ、『グンジャン・サクセナ』と『ダンガル』は、権威を振りかざす組織と、それに屈せず成功する女性という描き方をしたのだろうか。

 

それは、インドの社会が、権威に屈せず成功するヒロインを求めているからである。インドの女性は、社会的な抑圧を受けている。デリー市内でも街を歩いている人は男性の方が多いが、地方都市に行くと9割以上は男性である。女性はそれだけ行動の自由がない。また、『ダンガル』で、主人公が父親の目を盗んでクラスメイトの結婚パーティーに参加する場面があるが、そのクラスメイトは、父親の意向で、14歳で顔も知らない男に嫁がされるのだ。インドでは、女性の婚姻年齢は18歳以上と法律で定められているが、現実には婚姻年齢に満たずに嫁がされる女性がいまだ大勢いる。結婚の際、花嫁側は花婿側に多額の持参金(ダウリー)を求められる。ダウリーを支払えず、義父母と花婿に殺される花嫁もいる。強姦の上殺害といった事件は、しょっちゅう紙面を賑わしている。抑圧されているのは女性だけではない。男性も、カーストや出身地による差別など、多くの人が不当な扱いを受けている。

 

映画は、見る人に夢を与えたり、気分をパッと晴らすのが使命だ。事実を伝えるだけなら、ニュースやドキュメンタリーでいい。社会的抑圧を感じている人々は、主人公が自分の代わりに、自分を抑圧している人たちをギャフンと言わせ、逆境を克服して夢を実現してほしいのだ。そのためには、上官やコーチは悪くなくてはならない。映画としての正義を果たすためには、事実が多少犠牲になるのはやむを得ないだろう。

 

🔗参考

Gunjan Saxena on Netflix was ‘Bharat Ki Beti’, until facts came tumbling out | The Print

I trained IAF’s 1st batch of women pilots. ‘Gunjan Saxena’ gets a lot wrong | The Print

I was lucky to have support from family and IAF: Gunjan Saxena | The Hindu

‘Dangal is not real’: Geeta Phogat’s India coach says why Mahavir had to be ‘banned’ | Hindustan Times

Aamir Khan Responds to Geeta Phogat's Coach's Criticism, Says Parts of Dangal Were Fictionalised | NEWS 18